2007 1月
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H19.01.05
撮影

 1月5日、よく晴れました。上の写真のように。
秋田の1月、この先、いつ晴れが来るのかわかりません。出かけました。
 
 目的地の写真の途中、道路沿いの里山をゆっくり走りました。山繭を採取するために。
上は2個並んでいる山繭です。
徒歩で行ける里山から車で行ける道路沿いの里山に範囲を広げたため、たくさん見つかりました。
15個ぐらい見つけたでしょうか。そのうち、10個取りました。
童心に返り、木登りをしました。童心に戻り、宝探しをしました。
たぶん、車を止めてゆっくり探し回れば、もっともっとたくさん見つけることができたでしょう。
山繭のすばらしいと思うところは、大抵、1本の木に1個見つかることです。
もしも、山繭が1本の木にたくさん見つかったら、その木は枯れることを意味します。
叔父の手紙から始まった私の山繭、今まで以上に里山との距離が縮まりました。

 秋田の冬は難儀です。雪を恨みたくなるときもあります。
難儀を乗り切る活力として、私の冬の風物詩、タルイカ拾い(道草 8)のほか、
山繭が加わり、楽しみが増えました。
近くに里山のある方、探して見てはいかがでしょうか。

H19.01.05
現在

 玄関に飾った山繭です。20個あります。山繭を含めて全部天然素材です。
私の勝手なおまじない・信仰、「家内安全、無病息災、交通安全」として飾りました。
取ってきた1個は、マスコットとして、交通安全のお守りとして、私の車に飾りました。
車に飾った私のおまじない・信仰、妻や娘からは支持されませんでした。残念です。


 ウスタビカの繭  ロゴをクリック

 ※    「ウスタビカの繭」と「ヤママユガの繭」の総称が「山繭」だと思っていました。
    知人のF氏から写真と解説を頂き、写真をお借りして載せました。
    私のウヤムヤの知識がなんとかすっきりしました。ありがとうございました。
                              【19年1月10日、加筆・訂正】


  ヤママユガ(天蚕)の繭 
ロゴをクリック
  ※  「ヤママユガの繭」が、俗に言う「山繭」でした。
    上の写真が「繊維のダイヤモンド」、最高級の絹になるヤママユガの繭です。
   現在、私の採集数は2個です。
   編み目の繭の殻は、天然のテグスを作る栗虫のさなぎの抜け殻です。
 


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 トンネルを抜けると(トンネルを通らなくて行けます)、そこは一面?真っ白な山里の集落でした。
2007年1月、最初のショットは、私の駄文で始まりました。
いつ、ホームページを閉じようかと思い悩みながら、今年もなんとか更新できました。
皆様にはマンネリの写真と思いながらも、私にとっては、いつも新しい感動があります。
今年も四季折々の秋田の美しい原風景をお伝えできればと思います。
 写真掲示板でも貼っつけたらという要望がありますが、マメでないので、
ご意見・感想は、これまでどおり、メールでお願いします。



BU−2


BU−3

 しだれ桜の枝が写る茅葺き民家、2戸です。
4月か5月のショットで、見事に咲いた満開のしだれ桜をお見せできればと思います。



BU−4


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 ユズリハと南天のある風景です。
私の地方では、正月飾りとして、家の門、玄関などに松とユズリハを飾ります。

 ◆古代日本では、松などの常緑樹は神様が宿るとし、家の門ぐちにこの神聖な木の枝を
立てました。そして、年神様はそれを伝って降臨すると信じられていました。
これが門松の起こりです。
 お正月飾りは、家にお迎えした年神にお正月の間とどまってもらう、重要な役割があります。
ですから玄関だけでなく、あちこちに飾り全体がつながって家を囲むように飾るのが
正式な飾りかたです。しめ飾りに稲わらを使うのは、五穀豊穣をつかさどる年神に感謝を
ささげる意味があります。
 ユズリハは新しい葉が出揃ったのち、古い葉が一斉に落ちるので、これを子供が立派に成長
したのを見届けたのち家督を子供に譲り、家系が途切れることなく続いていくことの象徴と
見なして、おめでたいお正月の飾りに使う。新しい葉が展開した後古い葉が落ちるというのは、
なにもユズリハに限ったことではなく、クスノキなどでも起こることで、いわば常緑樹の特質と
言えるものですが、ユズリハがとりたてておめでたい樹木とされるのは、葉が大型で美しく、
また新旧の入れ替わりが急激で目立つからでしょう。◆【民族事典、ネット等から抜粋】



BU−7

 マンネリ化した私の写真、初めて紹介する漆喰の土蔵と民家です。3〜4年ぶりに訪れました。
土蔵の土台は石垣で作られています。
かなりの年数が立っていると思われますが、まだまだ、しかっりしています。
入り口が囲ってありますが、冬でも入れるようにするためです。
もしかして、色鮮やかな鏝絵が施されていそうですが、確認できませんでした。
正月で、突然の訪問は失礼です。雪解けの春に確認できればと思います。



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 1月13日、秋田にようやく冬本番が到来しました。終日、断続的に雪が降りました。
きょうも里山へ出かけました。その途中に、我が町の茅葺き民家があります。
 断続的に降り続く雪、速い速度で雪雲が流れます。一瞬、晴れ間が申し訳程度に覗きます。
その一瞬の明暗を撮りました。




 1月14日、きのうに引き続き、里山へ出かけました。
上は、一足早く、里山で見つけた春です。フキノトウです。
 
 きょうは、妻が同行しました。
私が運転し、里山の道路沿いをゆっくり走って、よーく目を凝らして探すように命令、
いや失礼、お願いしました。どうせ、見つけられっこないと、たかをくくっていました。
それがそれが、なんと探し出して、すぐ見つけました。
その後も、次々に発見し、なかなか役に立つ、いや失礼、優秀なことがわかりました。

 ウスタビカの繭と山繭の繭をお土産に、知人の郷土史研究家を訪ねました。
私の地方では、産着に絹糸を縫いつけて、子どもを災難から守る風習がありました。
また、七五三などのお宮参りなどの着物にも、絹糸を縫いつけたそうです。
今は、そんな風習はありません。
 冬季に、子どもの普段着にウスタビカの繭を付けた風習があって疑問でしたが、
どちらも子どもを魔よけから守る風習と考えると、説明がつくように思えます。



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 1月17日、3月下旬の天気を思わせるほど、おだやかな晴れでした。
久しぶりに、秋田市を通り過ぎて北上し、県北方面へ出かけました。
 
 上は、初めて紹介する民家です。ケヤキの大木と漆喰の土蔵がある民家です。
ケヤキの樹齢年数と母屋の築後年数がほぼ同じと思われます。
50年前に、母屋の一部を改築したとき、棟札が見つかり、築後250年でした。
それから50年過ぎて、現在、築後300年になります。以前は、漆喰の土蔵が3棟ありました。
現在は2棟です。今後も茅葺きの母屋を守るそうです。

 この民家の所在は秋田市在住のK氏から教えて頂きました。
私の統計に、また、1戸加算されました。ありがとうございました。
この地域は漆喰の土蔵が多く、「道草○○」で紹介したいと思います。



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 久しぶりに訪れた山里の集落です。本当に久しぶりです。冬は初めてです。
この集落への途中、車を走らせながら道路脇の雑木林を注意深く見ました。
通行量が少ないのでゆっくり走ることができます。
 きょうの走行距離130キロ、片道約65キロ。途中、寄り道や回り道を考慮して、
我が家から直線距離で北へ約50キロ。
はたして、ウスタビカの繭とヤママユガの繭、見つかるかな?

 感動です。上がその結果です。見つかりました。ヤママユガの繭です。
ウスタビカの繭も見つかりました。
そして、ヤママユガの繭と茅葺き民家の集落のショットです。
昨年の12月のショット(茅葺き民家とトンビ、茅葺き民家とオオスズメバチの巣)に続く
ホームランの連発です(~o~)(^O^)(~o~)



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 1月20日、午前中だけ、妻を誘いました。断られました。家で洗濯をするそうです。
ひとりで、近くの里山へ出かけました。(川へ洗濯、山へ芝刈り)なんか、昔話のようです(^O^)
 
 沿岸部に位置する私の町、今冬は雪が少なく、田んぼにもほとんどありません。
冬の写真の必需品、カンジキが不要です。
 里山の探索もとても快適です。
きょう、行った里山は、上の写真に写っている里山です。深く入山する必要はありません。
広葉樹の葉っぱが落ちた里山、今まで気づかなかったいろんなことが見えてきます。
 先日、私の職場でウスタビカの繭と山繭の繭を見せました。
年齢は20代から50代までの8人。ウスタビカの繭を見たことがある人、わずかにひとり。
山繭の繭はゼロ。
偉そうに言う私も、半世紀余りの人生で、山繭の繭を見たのは、今年が初めてでした。



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 1月13日の風景と比べると、雪がなく、まるで初春の風景を思わせる風景です。
このまま春になってほしいと、個人的には願うが、そうでない方々も多いこの冬です。
 友だちから聞きました。今年、孵化する予定のカマキリの卵、地上から10数センチの位置に
あったそうです。我が町でのことです。カマキリの雌は、卵が雪で覆われない位置に産みます。
今のところ、カマキリの積雪予想は正しかったことになります。さて、2月はどうなるかな?


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