2013 10月
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再訪 青森の水車小屋
MY−1

 自宅を真夜中に出発し、朝日が昇る前に到着しました。
2013年7月 (MU−12〜17)におじゃました青森の水車小屋です。
そのときは屋根の葺き替え中でした。

 気になる茅葺きの建造物として、山形の多層民家、福島の茅葺き駅舎、
岩手の、日本一の、茅葺きの、お寺の本堂に続いて、再訪の水車小屋です。
 朝陽の当たるのを待って、完成した水車小屋を撮りました。
屋根の葺き替えに続いて、水車小屋周辺の環境整備のため、重機が置かれて
いました。その重機が写らないように小菊で隠しました。


MY−2

 屋根の葺き替えが終わった水車小屋です。手前はソバ畑です。
まもなく刈り取り収穫です。花の見頃に撮れなくて残念でした。
収穫したソバは水車小屋を廻してそば粉にします。
その風景も撮りたいと思うのですが、遠路のため無理です。

MY−3

 ソバの花の見頃は撮ることができませんでした。
変わりに思いがけず小菊の見頃を撮ることができました。
四季折々を撮りたいと思う風景です。
我が家から遠路であるため、簡単に撮りに行くことができません。残念。

MY−4

 たまたま岩手路で発見した水車小屋です。現代の大工さんが作ったそうです。
自宅の庭に作った水車小屋です。
家人に詳しいことを聞こうと思いましたが、仕事中で、写真だけお願いしました。


山形 出羽三山
MY−5

 秋田県外の東北で、気になる茅葺きの建造物として、
山形の多層民家(
2011年7月)、福島の茅葺き駅舎(2012年4月)、
岩手の、日本一の、茅葺きの、お寺の本堂(2011年7月)、
青森の水車小屋に続いて、
日本一の茅葺きの出羽三山神社に行ってきました。
日本一の茅葺きの社殿か?は私の勝手な推測です。巨大な茅葺きの社殿です。


MY−6

 出羽三山は、月山、羽黒山、湯殿山の総称です。
出羽三山は山伏の修行の場として古くから信仰のあった場所です。
たまたま、写真を撮っていたら、修行僧が来て、拝殿に向かってお経を唱えていました。
 ■神社に修行僧? それとも山伏? もともと出羽三山神社は、神仏習合の神社で
多くの仏教関連の建物や仏像がありました。明治政府は、神仏分離令により
徹底的に弾圧を加え、そのため多くの仏像が国内外へ流出し、佛教関係の建物が
破壊されました。出羽三山神社は、神仏分離でもっとも大きな打撃を受けた神社の
ひとつと言われています。
仏教関係の建物は、国宝の五重塔、国指定文化財の鐘楼堂の他、わずかに
残るだけで、流出した仏像が返還されても祀る場所が破壊され、今は歴史博物館に
展示されています。■
 修行僧が立つこの場所と社殿の間は池があって、木造の橋があったそうです。
神を跨ぐのは、けしからんと言うことで、明治の神仏分離令、廃仏毀釈で壊されたと
修行僧の方が説明してくれました。池は鏡池と言われます。池から多くの鏡が発見
されたことからです。今は水草に覆われた池ですが、昔は、水草がなかったそうです。
池の水面に社殿が映り、文字どおり、鏡池でした。

 
MY−7

 社殿の茅葺きの厚さにびっくりです。厚さが2.1メールもあります。え、ほんと?
毎年、葺き替えをして4年周期で一回りするそうです。
足場は屋根の葺き替えのためです。茅手さんは、専属でふたりと、見習い若い職人
さんふたりの計4人で葺き替えをします。4年周期で、ひとつの面を全部葺き替えする
のでなく、傷んでいる部分だけの葺き替えをします。


 社殿は羽黒山山頂にあります。この社殿に至る参道は、大きな古木に覆われた
杉の並木道です。社殿までの急峻な石段は2446段あります。
 平成8年に家族でチャレンジして以来、17年ぶりにチャレンジしました。
神社の近くにある駐車場に車を置いて、社殿側から参道を下りて、また、登ってきます。
はたして、踏破できるか?近くのお土産店に、金剛杖が売っていました。
菅傘も売っています。まあ、皆さん老若男女軽装でチャレンジしています。
靴ひもを結び直して、なんとか往復4892段を踏破できました。
我ながら若い?往復4892段を踏破できる間は、若いと思うことにしました。
来年もチャレンジ?チャレンジできなくなったときが老人です。

MY−8

 社殿は、正面に月山神社、右に出羽神社、左に湯殿山神社の三神合祭殿です。
社殿は江戸時代に何度かの火災で焼失し、現在の社殿は1818(文政元年)年に
完成しました。
 当時、建築工事に動員された職人は、大工35138人を始め、塗師、茅師、石工、
彫物師その他の職人合わせて55416人、さらに手伝人足37644人に及びました。

 平成8年に訪れたとき、社殿の大きさには驚いたけど、茅葺きの建造物に対しては
そんなに興味がありませんでした。
今は違います。はるか江戸時代に、社殿の建築に関わった多くの職人さんの粋と技を
思うと、胸が熱くなります。

 平成の現代、このような社殿を造営することができるでしょうか?
たぶん、それぞれの職人さんを集めることが困難でしょう。
失われた職人の技もあるでしょう。


MY−9

 社殿の建築に関わった多くの職人さんの中で、私のハートを熱くするが
彫物師の粋と技です。趣味が木彫だから、どうしても社殿に装飾された
多くの彫り物に、目が釘付けになります。龍や獅子の他、力士像は、私の垂涎の
彫刻です。もちろん、18年前に訪れたときは、まるで関心がなかったものです。
18年前に見えなかったものが、年を重ねたことによって、今は鮮烈に見えます。

 上は、拝殿上部左側、湯殿山と月山社号額にある阿吽の力士像2体です。

MY−10

 こちらは、拝殿上部右側、月山と出羽社号額にある阿吽の力士像2体です。
一般的に、力士像は社殿の4隅にあって、重い社殿の屋根を支えています。
実際の用途は洒落と装飾です。社殿によっては、4隅と拝殿正面2体で合計6体と
いう社殿もあります。秋田にあります。
 黒塗りの力士像、一体誰が彫ったのか知りたくなりました。
お守りを売っている巫女さんにお尋ねました。わかりません。誰かに電話して
聞いてくれましたがわかりませんでした。残念。

このあと、往復4892段の石段にチャレンジ、何とか踏破して、また、恨めしそうに
力士像を眺めていました。たまたま通りかかった神官さんに、再度、聞いてみました。
もしかしたら、羽黒山歴史博物館の学芸員の方がわかるかもしれないと教えて
頂きました。巫女さんが電話した相手は学芸員の方でした。
判明したときは、私はもう急峻な参道にいました。
たまたま境内で会った神官さんに聞いたことで、200年前の職人さんの名前が
わかりました。学芸員の方は、渡○◆さんです。待っていたそうです。
それぞれ作者が違っていました。
越後 仙太郎、藤嶋 勘吉、東根 仙之介、南野 甚七の4人です。
それぞれの彫物師の詳しいことはわかりません。
誰がどの力士像を彫ったのかも不明です。さらに時間をかけて調査が必要のこと
でした。学芸員の渡○◆さん、ありがとうございました。
社殿を建造した200年前の多くの職人さんへ、畏敬・尊敬の念でいっぱいでした。

朱 印 帳
MY−11

 平成8年、家族で行ったとき、忘れて記帳しませんでした。
今回、出羽三山神社に参拝したとき記帳して頂いた朱印です。大きな朱印に
びっくりです。両開き一面に大きな朱印です。初めてです。
 20代後半から始めた朱印帳です。観光で、神社・仏閣に参拝した記念に、押印
してもらいます。
観光で行った神社・仏閣で、すべて記帳してもらっているかと言うと、たぶん半分以上、
記帳していません。一時、ブランクがあったり、旅行に出かけたとき朱印帳を忘れたりで
今、思うと残念です。後悔です。もっと、几帳面に記帳すべきでした。
おおげさに言えば、私の人生の足跡ですから。

MY−12

 有名な神社の朱印です。左側が広島県宮島の厳島神社です。
右側が島根県の出雲大社です。もう、私の人生のずっと昔のことです。


MY−13

 こちらは、三重県の伊勢神宮、外宮と内宮です。お伊勢参りです。
とてもシンプルな朱印です。
神社・仏閣それぞれに個性的で、ひとつの神社・仏閣で朱印が2〜3個押されたものも
あります。個性的な朱印を紹介できなくて残念です。


 出羽三山神社で記帳してもらっていたら、仙台から来たという20代の若者に
会いました。彼も同じく朱印帳に記帳してもらっていました。
今どきの若者、好青年で、同じ趣味で親しみを感じて、いろいろお話しました。
これからの楽しみは出雲大社で朱印してもらうことだそうです。
駅や博物館などに置いてある記念スタンプも旅の思い出になりますが、全国にある
神社・仏閣のほとんどで記帳できます。
みなさんも朱印帳、始めてみてはいかがですか。


MY−14

 やっと、秋田県の茅葺き民家の紹介です。
今月、鳥海山の初冠雪を撮るため、3回出かけました。

 その1回目に撮った初冠雪の鳥海山です。仕事明けで、出発が遅かったため、
逆光気味になりました。満足と言えませんが、初冠雪後の一枚です。
 2回目は次の日に出かけたが、曇天で、私のこだわりに合いません。
3回目は晴れて、頂上には傘雲(レンズ雲)で覆われ、その下に初冠雪が見えました。
中腹付近は、帯状の雲が巻いて、私の撮りたい鳥海山をぐるっと巻く大蛇のように
見えました。スクープ写真かと期待したら、撮影スポットに到着したころ、
中腹の帯状の雲が、あっという間にくずれ、頂上まで覆い隠しました。
残念無念。

MY−15

 鳩でありません。鷹です。ネットで調べたけど、わかりません。
ミサゴ?、ハチクマ?、ハイタカ?、ノスリ?
どれも似ていてよくわかりません。たぶん、渡り鳥のノスリかな?
秋から冬にかけて里山でよく見かけるけど、何度挑戦しても警戒心が強く、
大きなアップで撮れません。

秋田路にSL
MY−16

 秋田路に3日間限定で、SLが走りました。その数日前にも試運転を兼ねて
走りました。たぶん、サンデー毎日の鉄道ファンは全部の運行日、
3日連休の鉄道ファンは3日間、
私のように物見遊山で記念に撮りたいと思えば、一枚撮れれば満足かな?
 3日目の午後、復路で最後の運行に合わせて、撮影スポットを探しました。
鉄道沿線は、多くの鉄道カメラマンが自分だけの最高の写真を撮るため、
陣取っていました。みんなと同じ位置は嫌で、刈り取る前の黄金色に輝く稲穂を
手前に入れて撮ることにしました。誰もいません。我ながらいいスポットです。

 いろいろアングルを思案していたら、音がして振り向いたら秋田新幹線の
新型車両「スーパーこまち号」でした。カメラを構える間もなく、あっという間に
去って行きました。ちゃんと時刻を調べて置けばと後悔しても始まりません。
なんとか撮った一枚です。

MY−17

 さらに、ちゃんと時刻を調べて置けばと後悔した一枚です。
秋田新幹線の新型車両「スーパーこまち号」とSLです。
併走して走るSLがあまりに小さ過ぎます。わかっていれば、望遠で撮れたのに?
連写で撮れたのに?
多くの鉄道ファン、鉄道カメラマンがもっとも撮りたいアングルでした。


MY−18

 新型車両「スーパーこまち号」が去ったあと、やっとお目当てのSLです。
もっと煙を高く上げてくれれば、SLらしいのに残念です。これが最後の一枚でした。
蒸気機関車は
C61です。D51と並んで、昔、昔、C61に牽引された通学列車に
乗りました。
物見遊山の写真のつもりが、結局、あれこれと注文の多いアマチュア写真家でした。

MY−19

 今月は、秋田の茅葺き民家の紹介が少なくなりました。

 柿ノ木の間から撮りました。今が収穫です。実が堅いうちに収穫して焼酎で
渋抜きをします。我が家も柿が初めて実りました。なんと1個です。
苗木から育てて、モモ・栗3年、柿8年かな?

MY−20
MY−21

 なんともおいしそうな真っ赤なリンゴです。まもなく収穫です。
この地域周辺はリンゴの栽培が盛んです。
秋田の収穫量・出荷量は全国5位で、青森1位、長野2位、岩手3位、山形4位、
宮城9位など、東北はリンゴの産地です。

MY−22

 9月MX−5のその後です。陽の当たるところはソバです。実を結び、まもなく
収穫です。日陰の赤い葉はナツハゼの紅葉です。


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