最新ショット 6月
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V−2
V−3

V−2は、浜辺に咲くスカシユリとハマナスの群生地です。
護岸の改修工事等で、浜辺の環境が変わり、
ハマナスやスカシユリの自生地が少なくなりました。
大切に守りたい群生地です。

 V−3は、根曲竹のタケノコです。成長すると2m前後になります。
比較的標高の高い山地に自生する竹です。
6月という月は、秋田の人がタケノコを採るために
一年中でもっともフィーバーする季節です。
採るのに夢中になりすぎて、帰路の方向がわからず、
毎年、多くの人が遭難します。
 海育ちの私は、山は苦手です。写真のタケノコは買いました(~o~)











V−4

 6月◇◇日、初めて訪れた民家です。
V−4の民家とV−5の民家は同じ集落にあり、近い位置です。
田んぼのある美しい風景です。どちらも曲家の民家です。








V−5







V−6





V−7

 V−5からV−7まで同じ民家です。
板戸の上部、木彫の透かし彫りがとても洒落ています。
職人の技と粋を感じさせる造りです。
昔の職人が高度な技術を持っていた証です。

 家人が説明してくれました。
飢渇(けかつ)の時、岩手県から米を求めて
大工などの職人さんが秋田へやって来ました。
今で云う、出稼ぎでしょうか。もちろん、単身赴任でしょう。
お金よりも米を譲ってほしいと、職人さんがやって来ました。
そして、建てた民家です。岩手の職人の技が見られる民家です。
 
飢渇(けかつ)とは、飢饉餓渇をちぢめた言葉です。
「飢渇(けかつ)」は、私のホームページ「田の神」を作るとき
ある資料で知りました。少し賢くなりました。







V−8


V−9

 茅葺き民家と山門の仁王像です。
どちらも同じ職人が作りました。
民家の外観は平凡ですが、内部の造りがすばらしい民家です。
当時の職人の技術水準の高さを知る上で、とても貴重な民家です。
職人の名前は「円満造(えまぞう)」と云います。

「円満造(えまぞう)」は、慶応4年(1868年明治元年)に生まれ、
本名を高橋市蔵と云います。
生来まことに器用で、大工は16歳で一人前、
18歳で、指し物(木材を組み合わせて作った家具・器具)から
彫刻まで手を伸ばし、県内はもとより東北各地の神社仏閣に
優れた彫刻を残し、「東北の左甚五郎」と言われました。
 彼は元来歌好きで、棟上げや祝いの席で即興詩人ぶりを
発揮し、人々の評判になりました。
ドンドンパンパンの歌い出しで始まる秋田民謡「ドンパン節」は
「円満造」の作です。
☆◆◇秋田県中仙町観光パンフレットより一部抜粋☆◇◆

 「道草 2」で紹介した秋田県東成瀬町の神社の彫刻も
「円満造」の作と云う説があります。
専門家が調べたら判ると思います。






V−10

 杉木立に囲まれた民家です。花に囲まれた民家です。





V−11









V−12


V−13

 半年ぶりに訪れた民家です。
幸福を呼ぶツバメの巣がある民家です。
3つもあります。さらに、増築中です(^O^)
 はるか後方の山から澄んだ水が流れてきます。
民家の脇の池に引いています。冷たくて水量が豊富です。
絶えることがありません。
山紫水明の里とは、こんなところを云うのでしょうか。



V−14

 6月◇◇日、最後に訪れた民家です。
昨年と同じ佇まいでした。
茅葺き民家があって、田んぼがあって、里山のある風景、
時間がゆっくり流れています。

 


V−15


V−16

 6月18日、天気予報は晴れです。期待を裏切り
終日、雲が多く、真っ青な空はありませんでした。

 野アザミの上でチョウが舞っています。
チョウは、「タテハチョウ」の仲間で、「キタテハ」でしょうか。
菊が咲く秋まで見られるチョウです。





V−17

 メダカの生息する池に、真っ白なスイレン(ジュンサイの花?)が
咲いていました。
イトトンボが飛んでいました。
大型の「クロスジギンヤンマ」が飛んでいました。
たくさんの生物が生息する沼です。
自然の体験学習ができる最高の環境です。





V−18

 手前の畑にはソバを植えています。ようやく芽が出ました。
秋に収穫します。ソバの花が咲く頃、楽しみな風景です。

 この地域は、「中山間地域直接支払制度」の対象となる地域です。
日本人の原風景と云うべき田園風景を後世に伝え、農村を
農村として維持していくために、国が中山間地域に住む農家に
助成する制度です。中山間地域は国土の70%を占めています。
この制度は、中山間地域に住む農家に対し、耕作放棄を防いで
食料生産を続けるほかに、国土保全や景観維持、水源保全など
農業の持つ他面的な機能維持を目的としています。

 田んぼと畑の持ち主の方と話すことができました。
棚田のような田んぼの向こうに茅葺き民家があって、自慢の
景観と云うことです。秋に刈り取った稲は自然乾燥させます。
買い取り価格が少し高いそうです。
制度によるわずかばかりの助成金を受け取っても、耕作放棄の
歯止めにはならないと云うことでした。
米作りは、自分の代できっぱりやめると云うことでした。

 写真を楽しんでいる私には、ずしりと重い話の内容でした。
ここの田んぼの持ち主が特別なのでなく、秋田の他の地域でも
同じことが云えます。国の減反政策で、多くの美田が休耕田に
なりました。「田の神」の石碑がある周辺にも休耕田があります。
若い農業後継者がいなくて休耕田になっている田んぼがあります。
 日本人の原風景と云うべき田園風景を後世に伝えることに、
国民の誰もが異論のないことと思われます。
国の助成制度にあれこれ云うつもりはありませんが、耕作放棄の
歯止めになるとは思えません。
景観は守りたいが、とても難しい問題です。

 
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