2004年 9月
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AM−1

 9月◇◇日、休みです。ときどき、薄日が差すくもり空でした。東へ向かいました。

 台風15号、16号は日本各地に大きな被害を与えました。
秋田では収穫目前のりんごや梨が落下し、稲にも大きな被害を与えました。
上は、すでに紹介している「田の神」のある風景です。稲穂が垂れて黄金色に色付いています。
この石碑に込める思い・願いは、昔も今も変わりません。



AM−2


AM−3


AM−4

  稲穂が垂れて黄金色に色付いています。
台風の強風で、稲が倒れているところがありました。よく見ると、稲穂が茶色に変色していました。
強風で、稲穂が擦れたためです。きょう、私が見た内陸部の田んぼ全体から見ると、ほんの一部でした。
もうこれ以上、台風の来ないこと、被害の広がらないことを祈ります。
 
 電車が走る風景です。時間を調べてシャッターチャンスを待ちました。
AM−2とAM−3はローカル電車です。遅いと思いました。
甘い考えでした。あっという間に通り過ぎました。



AM−5

 薄日ですっきりしない天気です。私の写真に向かない天気です。
地図を見ました。まだ、行ってないところがありました。感動です。新たに3戸の民家を発見しました。
上の民家は、きょう、発見した民家です。正確には作業小屋と厠屋です。母屋は現代風の民家でした。
おばあちゃんが在宅で、花の手入れをしていました。
写真のモデルさんをお願いしたら、こころ良く引き受けてくれました。
美人のモデルさんだから、アップ画像は公開しません。私の大切な写真です(^O^)(~o~)(^O^)


AM−6


AM−7

 前回、おじゃましたとき、前面の屋根の葺き替えをしていました。7月のショットをご覧ください。
前回も咲いていた蓮が、まだ、咲いていました。花の数が増えました。



AM−8

 ソバの花が満開です。ソバ畑の向こうに蓮の花が咲く池があります。
蝶やトンボがたくさん舞っていました。地上から天まで美しい風景です。


AM−9

  日本各地に大きな被害を与えた台風18号が去りました。
秋田では、また、収穫前のリンゴなどが落下しました。
台風15号、16号は、秋田の沿岸部の水田に大きな被害を与えました。
私の町は日本海に面しています。
追い打ちを掛けるように台風18号が来ました。また、塩分を含んだ西よりの強風が吹きました。
ほとんど収穫が見込めない田んぼがあります。塩害の影響はかなり深刻のようです。
 台風15号、16号が過ぎ去った後、沿岸部の広葉樹が塩害で枯れました。 
台風18号が来るまでの間、自然のサイクルが狂い、沿岸部の一部の広葉樹に新芽が出ました。
我が家の庭木にも新芽が出ました。若葉の季節に逆戻りです。
18号の来襲によって、我が家の庭木の若葉が、また、枯れてしまいました。

 9月◇◇日、平日の休みです。よく晴れました。9月◆日に続いて、東へ向かいました。
そして、「田の神・村中安全」の石碑がある場所へ、再度、行きました。
私が行った、見た内陸部の田んぼは、さほど台風の影響も少なく
稲穂が重く垂れて黄金色に色付いていました。
 三つの台風日本各地に大きな被害を与えました。もうこれ以上、台風の来ないことを祈ります。
どうかこのまま収穫まで平穏なことを祈ります。

AM−10

 初めて紹介する民家です。私の写真にめずらしく、お墓のある風景を撮りました。
自然環境のすばらしいお墓です。我が家に位置するこんな墓なら、あの世に行っても寂しくないし、
四季の移り変わりを360度パノラマで楽しむが出来ます。
はるか奥羽山脈から流れて来る水路は、冷たくきれいで飲めそうでした。
おいしいお米と秋田美人を育てる清らかな水の流れでした。



AM−11

 一年ぶりに訪れた民家です。一年前と変わらない風景です。
この近くに一年前にあった茅葺き民家は建て替えてしまいました。
さらに、ここから車で15分ほどのところに茅葺き民家が3軒ありました。
その3軒もありません。

AM−12

 まもなく、この位置から民家が見えなくなります。手前の杭に横木を渡して稲を干します。
稲の自然乾燥です。
 水板倉のある民家です。「水板倉」は、「道草3」で詳しく紹介します。
この民家の造り、2004年6月に紹介したAJ−3の民家と同じ造りです。
「角馬屋造り」と云うそうです。この民家は牛を飼っています。母屋に飼っています。感動しました。
私が見た現存する茅葺き民家の中で、母屋で牛を飼っているのは、これが4例目です。
平成の時代に、とても貴重な存在です。
他県でもあったら、ぜひ、ご紹介ください。


AM−13

 板倉のある民家です。一年ぶりに訪れた民家です。
「道草 1」で紹介した大きな柱がたくさんある民家です。
おばあちゃんが在宅でした。おばあちゃん、元気で安心しました。お互いの再会を喜びました。
積もる一年分の話をたくさんしました。一年ぶりのご無沙汰は長すぎました。
おばあちゃんも、しばらく来なかったので心配してくれました。有り難いことです。


AM−14


AM−15

  9月◇◇日、妻は所用で同行出来ません。冗談に誘ったら、中一の末っ子が同行しました。
中学生になった息子が茅葺き民家の写真に同行するなんて、もう、あり得ないと思っていました。
おかげで息子の中学校生活をじっくり聞くことができました。写真より楽しい時間を過ごしました。

  鳥海山方面に向かいました。雲がかかり、途中から進路を変えました。
天高く、澄み切った秋の空でした。コスモスが咲き、萩の花が咲いていました。
赤トンボがたくさん舞っていました。赤トンボに罪はありません。
あまりに多すぎて、何枚かの写真は青い空に黒い染みが付いたようになって失敗でした。


AM−16


AM−17


AM−18

 本格的に稲刈りが始まりました。天日干しの風景です。私の好きな風景です。
2003年10月のショットで紹介した稲の天日干しの風景、今年もまた、見られました。
台風の影響が心配されました。私が見た内陸部の田んぼは、どこも稲穂が重く垂れていました。
しばらくは、天高く、秋の晴天が続くことを祈ります。

 ところで、私の住む沿岸部で異変が起きたことを紹介しました。
台風で落ちた広葉樹に新芽が出ました。
コスモスや萩の花が咲く季節に、山桜が咲き、ニセアカシヤの白い花が咲き、フジの花が咲きました。
こんなに一度に自然の異変を見たのは初めてです。

 


AM−19

  写真の両脇の木の間に横木を渡して、刈り取った稲を干します。
初めて紹介する民家です。手前の作業小屋に、後方に2戸の茅葺き民家があります。
田んぼの広がりはなく、写真の左側がすぐ里山です。
中山間地域に暮らす人々の生活の厳しさが容易に想像できます。
冬は、秋田県でも有数の豪雪地帯に変貌します。
  できればこの場所も四季折々の美しい風景を撮りたいと思います。
撮りながら、別のことを思いました。
趣味で撮る私の写真と、そこで暮らす人々の間に大きな温度差があるのではと。
ふと、そんな複雑な思いを感じました。


AM−20

 同じく初めて紹介する民家です。私が立っている場所の後方は里山です。
この場所も四季折々の風景を撮りたい場所でした。


AM−21

 9月◇◇日、それぞれ所用のため、ひとり寂しく出かけました(*_*)

 秋田県の今年の作況指数が発表になりました。「86」で全国最下位です。
最近では、平成5年の米騒動に次いでの作況指数です。台風の影響です。
 上の写真は内陸部の田んぼです。塩害による影響はありません。
天気に恵まれ、農家は休み返上で稲刈りをしていました。
たわわに実る、垂れる稲穂に不作は感じられませんでした。
沿岸部と内陸部の田んぼでは、作柄に大きな差を感じました。



AM−22

 秋田県でよく見られる天日干しの、もうひとつの風景です。
9月◇◇日の天日干しの風景と比べて見てください。
 
AM−23

AM−24

 初めて、紹介する民家です。煙出口が印象的な民家です。両中門造りの民家です。
以前から撮っていた民家です。逆光のためにきれいに撮れませんでした。
きょうは、うまく撮れました。
 この近くにあった両中門造りの民家」は、この春、トタン屋根に改修しました。
いずれ、「失われた風景」で紹介します。

AM−25

 人里離れた茅葺き民家です。以前撮った写真が曇りで暗い写真でした。
私の写真に合いません。きょうは、青空のある風景が撮れました。
 ここに至る道は山道です。この民家があるため、申し訳程度に舗装になっています。
何も知らないで走ると不安に陥り、行き止まりかと思います。道に迷って里に帰れないかと思います。
この民家は山々に囲まれた谷あいの狭い場所にあります。大きな田んぼはありません。
冬は深い雪に閉ざされます。人里離れた、こんなへんぴな場所で生活しなくてもと思いました。
答えは、上の両中門造りの茅葺き民家の方が教えてくれました。
藩政時代、この地は2万石余りの小さな藩(生駒藩)が統治していました。
小さな藩にとって、木の一本も大切な財産です。
藩同士の境界争いは、藩政時代を通して、頻繁に起きました。
不法侵入者を防ぐため、また、木を守るため、番人として、要所要所に配置しました。
その子孫が現代に至っています。今でも暮らしています。
 私のリンク仲間、青森八戸市の佐藤氏が、私から聞いてこの民家を訪れました。
まさかと思いました。この夏のことです。
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